NOVEMBER RAIN


LAST・NOVEMBER 8












(ああ、今日も寒い雨の日なんだ・・・)



イスに腰掛けながらぼんやりと目をやると、窓の外は暗い雨が広がっている
フラウ・ボウが優しげな声で僕に何かを話してる

『・・・・から来て下さったのよ?』
『・・・・・さん、お父様の会社の方ですって』

真っ黒な服を着た人達が皆似たような言葉を僕に言う
僕は何だか雨の音が気になって、窓の外をまた眺めた
フラウが肩に置いた、暖かな手の温もりだけは良く憶えている。


今日は父さんの葬式だ


僕はまったくの役立たずで、
お隣のフラウの家の人達がいなければ葬式なんて出来なかったと思う。
葬式は自宅で開くことが出来た
僕は相変わらず抜け殻のまま、ぼんやりと窓の外を見続ける



黒い雨に黒い傘
会社の人達も沢山来たけど多くは出棺前に帰って行った。
窓の外から彼らを見れば、かったるそうに帰って行くのが見える
僕は、 ああ、やっぱりね、 って思った。




降りしきる雨の中  父さんの入った棺が、暗い土の底へ沈んでいく


誰にも愛されないで、 誰にも思い出されないで 暗い闇へと消えていく




恐くて身体がカタカタ震えた

――――今、僕は、自分の最後を目にしてる?



誰かが倒れそうになった僕を支えてくれた カミーユだ。
その時初めてカミーユが来てくれたことを知った。近くにジュドーもいた。



二人に支えられながら家へと帰る
心配そうな顔をしたフラウの家の人たちも家にいてくれた。
しばらくしてからチャイムが鳴って、保険の人がやって来て、
そして俺に“保険金が下りるんです”と言った。

広げられた書類には馬鹿みたいな金額

・・・本当に馬鹿みたいだ。

阿呆らしかった。

必死で金欲しさに這いずり回った、自分は、何?



茫然自失の僕に変わって回りのみんなが助けてくれた。
僕に変わって書類に目を通したり、確認を取ったり、僕は言われた所へサインをする。
これで僕の口座にこの金額が振り込まれるらしい



それから  本当によく憶えてない。



何人かが残ると言ってくれたが、大丈夫だからと帰ってもらった
隣にフラウがいるからと。
少し一人になりたいと。
皆、心配そうな顔をしながら帰って行った。




雨が土砂降りになった




雷が鳴って、そこで初めて自分がイスに腰掛けていた事に気付く。
ちょっと眠ろうと寝室に入り、ベットの上の衣類を摘んで落とす


落雷の光が部屋を一瞬明るくする


落としたコートから、何かがパサリと落ちた
見慣れない、ソレ
小さなビニールに入った、白い粉
・・・多分、前に口へ含まされた物?




どうでも良かった。
心は絶望で一杯だった。
無力な自分に、残酷な運命に、人々の暗い欲望に、孤独な死を迎えた父さんに。


これから何を願えばいい?
何を望んで生きるの?


空は無情に冷たい雨を降らすのに




これから先なんて真っ暗で何も見えないよ
来た道も、行く道も、どこまでも真っ暗闇だ。



僕は白い粉を手のひらに少しだけこぼして それをペロリと舐めた。

何もかも忘れたかった。







***








アムロが目を覚まさない





あれからずっとアムロは眠り続けている ・・・もう5日も。
時々ふわりと目を開いてトイレに行ったり水分を少し取ったりはしてくれるのだが、
意識がほとんど無いのかトロンとした目で何も話さない
食事をしてもらおうとダイニングに連れて行っても、すぐに眠ってしまう。


「アムロ? アムロ・・・ 食事を取ろう 体が、持たない」


シャアが頬を叩いても目も開かない
彼の体は衰弱が激しくて、もう一人では歩けない程だ。
日に日に細くなっていく体からは生気が抜けていくようで、シャアはそれに恐怖した


(彼はこのまま死んでいこうとしている?)


寝顔があまりに穏やかすぎて、それが余計にシャアの不安を大きくする。
このまま穏やかに死を望んでる?
ずっと、目を覚ましたくない?


「そんな事許すものか!!」


そう叫ぶとキッチンから食品をありったけベットルームに持ってくる
水差しにスポーツドリンクを入れてアムロの口の中へと流し込む。
少しだけ飲んだ!
沢山流し込むと零したりむせて吐いたりするので、
シャアは根気よく少しずつ少しずつ彼の口へ運んだ。


「アムロ、食べてくれ・・・」


スプーンで彼の口にヨーグルトを入れてみるが一向に飲み込んではくれなかった。
そのうち気管に入ったのか弱々しく咳き込んで口から零す
シャアは彼の口元を拭いながら涙を流した
彼の声が無性に聞きたかった。


(こんな事なら罵ったり叫んだりしてくれた方がまだマシだった!!)


シャアは泣いた
罵りに気を沈めた自分に後悔した
あの日から彼は眠ったままなのだから。

今のアムロはまるで死に行く人間そのものだ
シャアは涙が止まらなかった


「アムロ、そんなに辛かったかい? もう、生きていたくは無い?」


優しく頬を撫でると唇が乾燥でカサカサになっていた
・・・あんなに柔らかかったのに・・・。
シャアは沢山持ってきていた食品の中から蜂蜜を取りだして唇に塗った。
ゆっくりと唇をなぞっていると、わずかに舌が動いた気がした


(・・・・・!? 舐めた?)


シャアは蜂蜜を指に付けるとアムロの口の中へと入れてみる
・・・・・・反応が無い
ダメだったか、と指を抜こうとしたとき・・・ゆっくりと舌が指を追いかけた


驚いた。
あんなに反応してくれなかった彼が、蜂蜜の付いた指に舌を絡めて舐めるのだ。
シャアは夢中で蜂蜜を絡ませてはアムロの口の中へと運んでいった


「おいしいかい?アムロ」


シャアの頬からまた熱い涙があふれ出した
しかしそれは安堵の涙だ。
口へ含ませた指を熱心にしゃぶるアムロの姿はまるで乳飲み子のようで、
シャアは夢中で蜂蜜付きの指を含ませ彼の顔を眺め続けた。

















ザアアアアアアアアアアアアアザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア






・・・・・ああ、ひどい雨だなぁ



雨?



テレビのノイズ?



・・・・・・どうでもいいよ









ザアアアアアアアア・ヒックザアアアアアアアアヒイイックザアアアアア・・・ザアアアアアアアアア






・・・・泣き声?



・・・・誰?



・・・・泣いているのは、誰?



雨の音だけが響く真っ暗闇の中をゆっくりゆっくり見回した
でも、見渡す限り闇が広がっていて  何も見えはしない。



「誰か・・・いるの? ・・・何故、泣いてるの?」



しばらく歩くと少し先にボンヤリと白い光が見えた
・・・近寄って、 とてもビックリする
そこにうずくまる自分がいるのだ
そこだけ白くボンヤリとにじんで、その中にうずくまった自分が泣いているのだ。



「・・・何故、泣いているのさ? 何が悲しい?」



思わず泣いている自分に声をかける
うずくまる自分は泣きながら僕を見上げた。



「・・・ヒック、な、なぜって?ヒイイック・・・分か、るだろ?父さんが、ううっ・・・死んじゃったんだ。」



ああ、それね。 と僕は思う

彼はきっと勘違いしてるんだ



「それは違うよ?君は父さんの死が悲しいんじゃない 自分が一人になった事が悲しいんだよ?」



だけどうずくまった自分は泣き続けた

雨のノイズがとてもうるさい



「自分も淋しく死ぬんだって、父さんみたいに孤独になるんだって、不安に感じて泣いてるんだよ?」



うずくまった自分が瞳をこちらに向けて、悲鳴を上げるような声で叫んだ



「分かってるよ!全部分かってる!!でも、涙が出るんだよっ止まらないんだ!君だって、そうじゃないか!!」



え? と思って自分の顔に手をやると、水のしずくが指に触れた。

・・・涙?

俺、 泣いてる?



驚いて彼の顔を見ようすればもうそこには何もなかった。

ただの闇と雨音の世界。

俺はそこに立ちつくして 激しい雨に打たれながら、ただ 立ちつくしていた。








ザザザザザザザザアアアアアアアアアアアザザザザザザザザザザアアアアザザザアアアア








・・・・ああ、 これは涙?

全部、 涙?

目から出るのも、体を濡らすのも、 涙?

なぜ・・・?



分からなくて、どうしようもなくて、そこに自分はうずくまっていた。
一歩も歩きたく無かった。








ザザザザザザザザザザザザザザアアアアアアザザザザザザザザザザアザアアザザアアアア








だって、どうしろっていうんだ!!
回りは真っ暗闇で、雨は冷たくて、自分はひとりぼっちなんだ。
どこへ行けばいいんだよ!!何をすればいいんだよ!!



止まらない涙を持てあましながら膝を抱えてうずくまる。
ずっとそうしていようと思ったら、急に雨音が弱くなって、俺の背中に・・・ポンと手が置かれた

涙がぶわっと溢れて止まらなくなってしまった。
だって、それは父さんの手だ。
毎日、病院でさすっていた なんだか薄くなったような父さんの手だって、すぐに解った。


父さん、父さんゴメンね 俺、助けられなかった!!やり直したかったけど無理だった!!


ワンワン泣く俺の背中を手の平がさすって、すっと指を差した。その先には光がある
だけど俺は首を振った。だって、こんな所に父さんだけ残して行けるはずが無いんだ。
そうしたら手の平が背中にゆっくりと置かれた。・・・胸のあたりが温かい?


瞳を閉じてゆっくりと温かさを感じた。・・・それは父さんなのだと俺は思った。
父さんの一部だと・・・。
少しだけど、自分が知っている父さんが温かくしているんだと俺は思った。



・・・これをなくすなってこと?

俺を許してくれるってこと?

・・・俺、ちゃんと父さんの為に泣けた?

・・・ちゃんと、生きなさいって言ってるの?



・・・・ああ・・・俺、悲しかったんだ。
父さんが目を覚まさないって知って、もっと話したかったと思ったんだ。
それでちょっと慌てて、パニックを起こして、
無理だって言われたのに あんな無茶したんだな・・・。



手の平がまたゆっくりと背中をさすって、光の方を指さす
でも、俺は首を振った。
父さんとずっとここにいたかったし、 ・・・少し、自信が無いのだ。


無理だよ、俺 あっちに行く自信が無い
だって、きっと、 あっちも冷たい雨が降ってるよ?


でも、手の平が背中を とんっ と押した。
俺はゆっくり立ち上がって、のろのろと光の方へ歩き出した。


だんだんと光が強くなる


少し恐くて、温かかった胸のあたりをぎゅっと握った


光が少しずつ近づくたびに雨音は弱くなっていって、


そのうち、何もかもが光に包まれた。
















なんかクサイ表現に照れくさいッス、自分。
この話は思いつきで一気にばばばーーーっと紙に書いたので、あとから、こう・・・見直したりすると 恥ずかしいですね、ホント。
ちなみにお気づきの方もいらっしゃると思いますが、一人称が“僕” “俺”にコロコロ変わっているのは故意でやってます。
(大人の男が僕と感じたり俺と言ったりするのはこんな時かな〜って感じで。)

コートから出てきた白いブツは、11日のジャミトフとのやり取りのものです。
なが〜〜いから皆さんお忘れですよね。そう!コートに忍ばせた物
気づかないままコートに入りっぱなしで、タイミング悪くでてきちゃった。


長かったですが、次のお話でラストです!




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