NOVEMBER RAIN
LAST・NOVEMBER 3
「OKです!」
その言葉を聞くとシャアはスタジオを飛び出した
時計を見るともう4時間も家を空けている
急がなくては・・・・
「おいシャア!久し振りに顔を見たのにとんぼ返りか!?」
「悪いガルマ、私は急ぐ。話なら今度聞く」
「シャア!」
ガルマはシャアの肩を掴み無理矢理顔を向かい合わせた。
真剣な瞳でシャアを見る
その目を見れば自分を心配しているのだと嫌でも伝わり、シャアも彼に真剣に向かい合った。
「シャア。君は少し前からおかしくないか?顔色も悪い。事務所に聞いたら仕事、断ってるんだって?どうした、俺に話せないことか?」
・・・話せない。
だが、この友人には嘘を吐いたとしてもきっとばれてしまうだろう。
「ガルマ、・・・済まない。 だが、私を信じて欲しい。 ・・・私は大丈夫だ。」
ガルマはこれに納得はしかねるような表情をしたが、ややすると肩を竦めてため息を零した。
「いいさ ・・分かった。だけど何かあったら俺に相談しろよ?力になるから」
「感謝する」
急いで通りに出るとタクシーを拾った
運転手は目的地を告げると短距離に顔をしかめたが、多めのチップを渡し”急いで欲しい”と告げるとすぐ笑顔になった
・・・今は一分でも惜しい
仕事など断ればと後悔した。
シャアは自分の誕生日にアムロが舞い込んだ後、仕事を無理矢理断り続けた。
無茶苦茶な話だとは分かっている。
だが、理由は話せないが自分の人生にとって一番大事な事なのだと熱心に伝えると、渋々ながらも休みをくれたのだ。
だがその事務所も”この仕事だけは”と泣きを入れてきた。
”ここだけはキャンセルする事は無理なんだよ”と。
シャアもそれに断るに断り切れず”早く帰れるなら”と条件付きでOKを出した。
そして今撮影をやっとの思いで終えタクシーに飛び乗った所なのだ。
シャアは急ぎ足でタクシーを降りると家の隣にあるリッカーで食料を買い込む。
・・・・できるだけ高カロリーで、固形で無い物を買って。
フロントの挨拶もそこそこにシャアはエレベーターに飛び乗り、家のドアを開けた。
・・・・良かった・・・。 手錠は外されていないようだ。
家が荒らされていないことに安堵する。
一度、アムロは腕の拘束を自力で解くと家の中を荒らし回った
隠してある、コカインを見つける為に。
・・・・血だらけの腕のまま。
シャアはコカインを捨てずに時々ケースをアムロに見せる
もちろんわざとだ
彼を外に行かせない為に。
彼は、全くのコカイン中毒者になっていた。
中毒の彼がコカインがまだ近くにあると知ればまずそちらを探すだろうとシャアは考えた。
何せ今すぐにでも欲しいのだ。
遠くの不確実な望みより、近くの確実な場所を探すことは容易に想像が付く。
シャアは慎重だった。
・・・いや、慎重に為らざるを得なかった。
自分のちょっとした隙に彼が外に出てしまえば打つ手は無いに等しいし、
何よりアムロはひどく頭が良かった。
いつも諦め悪くシャアを出し抜こうと様々な手であがく。
心を揺さぶるような言葉に、それに身体まで取引に使ってくるのだ。
なりふり構わない彼は、とても手強い。
それにコカインを捨てないのにはもう一つ理由がある
この目で、シャアは見届けたかったのだ。
アムロがコレを捨てるのを。
シャアの目標はこれだけだ。
後は何も望まない
それが唯一の希望だった・・・。
***
家へ入り荷物を置くと部屋の奥から啜り泣きが聞こえる
もちろんアムロだ。
シャアは歩きながらコートを脱ぐと、いそいで奥のベットルームへと向かった。
「アムロ、すまない。今帰った」
「・・・ ・・・ シャア? ・・ふぅっ 帰って こ、ないかっと おもったぁぁ・・・」
”そんな訳無いだろう?”と優しく頬を撫でた。
彼の体は細かく震えている
アムロの両腕は皮付き手錠でベットに片手づつ固定してある。
丁度ベット上にあつらえられていた金属のオブジェは壁と一体になっているので
これをダメにするのを承知で鎖で手錠を繋いだのだ。
ベットの足に手錠をくぐらせた事もあったのだが、少々余裕を持って繋いだのが災いし
アムロが無理矢理それをベットの足から取り外して脱出したのはつい最近だ。
血まみれの手で家の中を探し回るアムロを目にしたとき、シャアはぞっとしたのを憶えている。
(また暴れたのか・・・)
シャアは労るようにそっと腕を撫でさすった。
決して手首には触れないように。
彼の手首は痛々しくて、厚く包帯を巻いているのに血がにじみ出す
身体はローブを纏わせただけ。
部屋はどこもセントラルヒーティングで暖かだし、着替えなんてとても無理だった。
風呂に入れるのにもこの方が都合がいい。
もう、一週間だった。
アムロと戦って、もう一週間だった。
彼は相変わらずクスリを求め、シャアを罵った。
最近は衰弱が激しくて、無理に食事を取らせても吐きだしてしまうばかりだった。
シャアはもう一度すまないと繰り返しアムロを優しくさすると、アムロが震えた声でぽつりぽつりと呟いた。
「ひっく、・・・怖かった。 こ、・・・まま・・・一人で、死んじゃっうんだと、 思った! おっ・・・親父み、たいに・・・」
「お父さんは、一人じゃなかっただろう?」
「ふ、一人、だったよ。 ひいぃっく、 ひとりで、死んだっ!オレもっ、ふっ うっ きっとそうだ・・・」
「アムロ・・・君は一人じゃない。私がいる」
「ひっとり・・だよ。 ・・あ、シャア・・・ あれ、欲しい。こわくてっ 死に、そう・・・ あれ、ちょうだ、い?」
「ダメだよ・・・アムロ。食事をしよう?お手洗いは行くかい?」
「欲しいんだ!!くれよっ!!恐くてっ死にそうなんだよっ!!アレ・・アレが無いとっ 俺ッ・・・」
それからアムロはしばらくの間泣き叫んだ。
興奮のためにアムロが鼻血を出したので、シャアは軽くティッシュで押さえる
コカインは鼻で吸う事が多い。
当然粉を吸い込むのだから鼻は痛いし口に広がる苦みも同じだ。
だが、胃よりも鼻の粘膜の方が吸収が早い。だから少量を鼻に吸い込むのだ。
そして鼻の粘膜がすぐダメになってしまう
アムロもちょっとした事ですぐ鼻血を出した。
アムロが一通り喚き終わるとぽつりとシャアに言った
「飯、いらない。・・・トイレ行きたい」
「行こうか?でもその後で食事をしよう」
声を掛けながらシャアは手錠を外しにかかった。
・・・・この瞬間が、一番緊張する。
隙をついて何度も逃げられそうになったから。
アムロの片手の手錠を壁から自分に移す
もう片方も付けたまま移動し、それをトイレのドアに繋げる
それからやっとシャアに繋がっている手錠をアムロから外すのだ。
「シャア・・・」
ドアの外で彼が呼ぶまでそこで待ち、終わればもう一度繋いでダイニングに移動する。
万事がこの調子だった。
「アムロ 口を開けなさい」
むずがるアムロにジェル状の栄養食を流し込む
もう固形物は受け付けてくれず、無理矢理入れても結局吐きだしてしまうのだ。
「も、いらない・・ シャ、 無理」
「アムロ、ちょっとしか飲んでいないっ・・・ もう少し飲みなさい」
シャアは少し焦っていた
日に日に弱っていくアムロが恐かった
このままじゃ、もたないのでは?と不安がしょっちゅう頭をよぎる
「・・・ンッ ウッ! げほっ! こほ・・・」
急に飲ませすぎたのか、アムロが口に入れた物を胸元に吐きだしてしまった。
シャアは急いでタオルで拭いアムロの背中をさすった
「シャア・・・もう無理。 フロ、入れてよ」
「だが・・・もう少しだけでも」
シャアはその後もしばらく粘ってみたが、それ以上はやはり無理だった。
ヤク中で、生きる気のない人間の世話はこれぐらい大変じゃないかと。
たった数日で鼻の粘膜がイカレちまうなんてどんな吸い方だよ?と自分突っ込み入れながら書きましたが、
この方がリアルっぽくていいかな?と思ってます。
ともかくアムロさん、こんなお話でゴメンよ