夢−4−










「具合が悪くなっていたと聞いたが… 平気かね」
「平気だ。ほら、次の書類だ。早くハンコを押せ」
「……………ふむ」


シャカが眉をちょっと上げてポコンと判を押していく
シャカの横に判がいる書類を積み上げて俺は過去の帳簿を漁っていた





その日はとにかく仕事に打ち込もうと、ばりばりと手を広げて聖域の現状把握に勤しんだ。
むろん俺が触れられぬ極秘資料も多いが、それとは別のわりと公の記録を手際よく調査していく
…で、出るわ出るわの怪しい匂いの記録達だ。
何故か死んでいる神官も多いので、それには済みのマークを付けてひとまとめに括る
その内から生きていて未だに甘い汁を吸っていそうな奴らをリストアップしていった。


「おや、カノン 昨日の今日で無理をしてはいけません」
「いや、この方が返って気が紛れる。それよりちょっとこれを見て欲しい」
「? はぁ…」


午後を過ぎる頃に補佐当番のムウが顔を出したので書類を見せながら相談を始める。
ムウは聖衣の修復も有るが、聖域に欠かせない石柱を合わせる特殊な接着物を作ったりもするので大忙しなのだ。
なのでこちらがあまり忙しくない日は午後ぐらいから顔を出して執務に当たることが多い


「見てくれ、ここの計算が合わない。それにこの殉死した雑兵の名前なのだが…」
「おや…これは、前に二度も亡くなっていますね。書類を出してる神官も同じ、ですねぇ」
「何か表に出せない理由が有ったりするのかもしれんが…お前達は何か知っているか?」


シャカとムウが首を横に振ったので、話を続けた。
こういう書類は横領の匂いもするが、表に出せない事変を隠すときにも使われる。
判断を見誤ってはいけない、が これはどうやらそう言った物では無さそうだ


「で、彼は未だ在籍までしている。同姓同名もあり得るが…殉職金目当てが濃厚そうだな。少し調べて見て貰えるか?」
「はい、分かりました。」
「ああ…ついでにこの備品も届いてるか確認してくれ。もう10年も仕入れているらしいが、怪しいな。この2人の神官が担当だ」



ムウが驚いた顔をした後、にっこりと俺に笑った。


「ふふ、分かりました。ちょっと忙しくなりそうですね…あの時みたいに大変になりますよ、シャカ」
「らしいな… ふう、ミロも大変な人選をしてくれたようだ。少し、荒れるかな」
「でしょうね、でもやはりミロは勘が良い。カノンは優秀な補佐官のようですね」


何を言っているのか分からない部分もあったが、褒められている事は分かったので肩を竦めて茶を飲んだ。
ムウはそれにニコッと笑って執務室を出て行く
シャカがぽこん、ぽこんと判を押していく。俺もその音を聞きながら作業を進めて行った。






夜中も教皇宮で食事を取り、ムウの“黒”という調査に目を通し裏付けを終えると俺は伸びをして自宮に戻る事にする
処罰は明日。今日は心地よい疲れが全身に廻っている
しかも助かることにミロが聖域から出ているのだ。今日こそゆっくり眠れるだろう。


(あと、もう少しの辛抱か…)


そう。これからは聖域が落ち着けばミロ、アルデバラン、俺、ムウが主に外に出て行くことになる。これは必然
黄金聖衣が有り、その主がいるのは俺達だけ。だがムウはその他の仕事が腐るほど有るし、俺は教皇補佐に収まってしまった
そうなるとアルデバランかミロが、交互で聖域を出るに違いない。それこそ頻繁に
やがて女神の護衛も許される。その為の俺達なのだし…そうすれば顔を合わせることもかなり少なくなるだろう。
そして俺のこの変な夢も消えてくれるに違いない。それまで俺はミロが与えてくれたこの仕事を必死でこなせばいいのだ
それで全て元通りに上手く行く。良い友人として過ごして行ける筈


(そうだ…それで全てを元通りにさせる。いや、して見せる)


ミロは今日、12宮やその他の修復の目途も付いたという事で
手始めに外部の少々問題の出ている支部に直々に顔を出しに行った。
黄金が顔を出せば、僻地だったそこの士気も否応なしに上がるだろうし問題もすぐさま解決だ
何せ神に寄り添う黄金なのだ。強さは折り紙付きだし彼らにとってはそれこそ神に等しい存在。目にするだけでも歓ぶ
黄金聖衣を纏ったミロはさぞ輝いて見えるだろうな
あいつの見た目はそういう時にこそより一層栄えるのだ。それは俺が良く知っている


(…………………だが、……何なのだこの気鬱は?)


国外なので今日にはミロは戻ってこないし、俺にとっても万々歳 …な筈なのに。
なのに、アイツの姿を思い出しただけでため息が漏れた。心がざわざわと落ち着かない。
もしかしてミロの心配でもしているのか? 馬鹿な、あれは十分安全そうな仕事だった
では、何故近くにいないとこんなに落ち着かない心持ちになるのだろう?

落ち着かない?

ミロが側にいないから?

自分の思考に慌てて否を出す。
そんな事は思っていない!
ガキを持つ親じゃ有るまいし、俺は一体何を考えてい…る…?



そこで俺はピタっと立ち止まった。
また幻覚か……??目を擦るが消えなかった。
双児宮の入り口に、聖衣を纏ったミロが 腰を掛けて寝こけていた。



……………な!?………全然気配なんてしなかったのに
ああ、でもミロは…普段あまりコスモを出さない
今も殆ど出ていないし、気配も見事に消えている
目にしなければ壁と同化しているようなそんな静けさ それは眠っているからか?

だが、これは…もしかして俺を待っていた?
昨日のことを心配でもして、様子を見に来てくれたのか?
お前の精度に欠けるヘタなテレポートで、無理して今日中に帰って来たのか??






嬉しさと、




悔しさと。




俺はごちゃごちゃに混乱してミロを見た。




なんでお前はこんな事をするんだよ


俺を、そうやって振り回さないで欲しい。


だけれど、心に満ちてしまう圧倒的な嬉しさに


俺はいたたまれなくなって口元を手で覆った。






暫くその場から動けずにミロを見た。
風がミロの金色の巻き毛をそっと嬲っていく
大きく深呼吸をしてもう一度腹を決めて、俺はミロに向き合った。
嬉しいが嬉しくない。…そう、嬉しくない。こういう不意打ちは困る
とにかく礼を言って、早々にここを立ち去ってもらおう

「ミロ…」

やっとかけられた一声 …だが、まったく起きない。ため息が出た
起こそうとしゃがんでミロを覗き込む。くうくう寝息を立てて実に気持ちよさそうに眠っている
月明かりに照らされるミロの寝顔が妙に整って見えた。ああ、いかん。この思考がいけない!
畜生…、俺の悩みも知らず健やかにすやすや眠りやがって!!
(←八つ当たり。笑)
俺はミロの肩に手をあてて、揺すって起こそうとした時に …ふと思った。



こんな馬鹿らしい夢を絶つ方法
実際にやってしまって、……幻滅すればいいのでは?



ふと、ミロが身じろいで唇を見せつける
まるでキスしてくれと言わんばかりの体勢
風がさぁ…と回りの木々を揺らして心地よい音を立てる
なあ、キスしちまえよ…
俺が俺に 囁く。


そうだ、いつも欲しい物はわりと強引に手に入れようとしてきた
本当に欲しかったものは手に入らなかった事が多いけれど、何気ないものは大抵手に入れる事が出来た
苦労せずに手に入った事も多い。普通の人間が望む、欲望の類は。
そして、どうしても欲しくて手に入らないものは策を弄した。主に世界と、復讐に
…大失敗をしたが、今は失敗して良かったと心から思っている。それは本当に本当だ。



だが… 深謀遠慮を廻らし、奸智に長け、搦め手を厭わず、形振りを構わない それが俺だった筈では?
そうだ。…あの手この手でチャレンジするのが俺の良いところな筈…


そうだ。なぜそうしない?ばれたらばれたで、“何となくしたくなった”等と言ってごまかすなり何なりすればいいじゃないか。
いつもの、女を口説くとき見たいに何となく始めて 流れる所まで流れて。


ミロも、この閉鎖された十二宮の住人だ。
もしかしたら本当に経験者かもしれない
男同士に全然抵抗など無いかもしれない
いや、むしろそっち専門かもしれない …その考えは都合が良すぎるだろうか?


だが、噂だってそうだったじゃないか。
黄金は、昔ながらの嗜好のまま男同士で、黄金同士で慰め合っているのだと。
だから、ちょっとした悪ふざけに紛れ込ませて試してみれば?
そう、アイオリアとミロがじゃれあっていたあんなふうに
きっとミロも乗ってくる

…で、もし相性が良かったら続ければいい。ミロも好きかもしれないのだ。その可能性だって十分にあり得る
思いの外悪かったり、抵抗されたのなら“悪い、冗談”と笑って謝って元に戻ればいい
とにかくウジウジ考え込むのは俺らしくない
問題があるのならば打開策を。それでダメなら次の手を。
悪いなミロ、もう手段を選ぶ余地が本当に無いんだ
本当にそれぐらい追い詰められてる 切羽詰まされている



(許せ…)



ミロにそっと顔を寄せる…


心臓が煩い


耳まで熱い


身体が妙な昂ぶりで微かに震える



(いっぱい、気持ちよくしてやるから…)



ミロの髪が俺の頬に触れた


心音が聞こえないか不安で、更に高鳴り、悪循環。


柔らかそうな、唇。


かるく開いて、誘っている?


どんな初めてより、初めてな感覚


俺は、何をこんなに緊張している?


こんな ただの キス、ぐらいで…







(………〜〜〜〜〜〜〜〜ッ …くそ)







顔を離した。出来なかった。

だって、怖い。恐ろしい。
ミロに 嫌われてしまう 軽蔑される もしかしたらもう2度とこういう関係に戻れない。
それが俺の身体を止めた。…いつから俺はこんな臆病者に?


ああ…でも良かったのだ。
俺は、そう。臆病者のチキンで結構


それぐらい大事に思ってる

それぐらいかけがえのない人間

俺の、大切な …友人。


「はは… 俺が据え膳喰わない日が来るなんてな」


(でも、そんな事はきっとお前だけだ ミロ…)
ほわりと胸に暖かい感触 生まれて初めての大事な存在。
おいミロ起きろと肩を乱暴に揺すって起こしてやった。


「あ、れ… カノン 遅かったな、体は平気か?」
「おかげさまでな、すっかり良い。ほら起きろ、こんな所で寝れば俺よりもお前が体を壊すぞ」
「…ん、そうだな。邪魔をした、帰って寝る…」
「ああ、寝ろ。俺は平気だ、心配をかけた」


ミロが目をこすりながら寝ぼけた声で そうか、良かった と言って階段を登っていく
見送りながらもう一度ため息。今度は安堵の。



そう、これで良かった

ほんとうに、しなくて良かった


俺達は、友。


それ以上でも、それ以下でも無くて良いんだ

それで十分。 それで俺はとても幸せなのだから。

















…なのに















その日のミロは、俺の心を裏切っていつにも増して激しく乱れてくれた。


















“あの時”みたいに大変?   何故か死んでいる神官



若者よ大いに悩め(あ、でももう28か!)まだ続きます、夢話。でも次でラスト
今になって良く考えるとシャカの教皇って設定が結構新鮮。
色々理由が有るんですが、似合いますよね。教皇シャカ 偉そうで、ふんぞり返ってて、毒舌で、しかも強くて。
12宮の架空な日常が結構好きなので、初っぱなのようなやり取りが好きです

ミロは普段小宇宙をあまり外に出さないようです。
12宮の守護者達には、互いに慰め合ってるという噂があった?