出会ったのは、土砂降りの雨の日の事だった
「へえ、貴方って、FBIのお手本みたいな考え方をするんだな。」
そんなアムロの物言いにシャアは苦い笑みを零した。
シャアは田舎の州警察に回されてからというもの腐りっぱなしであった。
ここに来る前のシャアはFBIアカデミーの生え抜きで周囲の期待も大きく、
また実績も飛ぶ鳥を落とす勢いであったといっても言い過ぎでは無かった。
だが、ひょんな事での内部絡みのもめ事で左遷させられこの始末。
同期の友人は、”俺が何とかするからそこで辛抱してろ”と言っていたがもう半年もたった。
ここは本当にのどかな田舎で、とりたてて大きな事件などもおきない。
自分を内心自負しているシャアにとって、これが腐らずにいられる訳がなかった。
ここ、3日ばかり降り続いてる大雨もそんなシャアの気持ちに拍車をかけるものだった。
そこで、彼に出会うまで。
「君、ここに何か様かね?」
今日もたいした仕事はなく書類整理を終えたシャアは、早めの帰宅をしようと扉を出た所だった。
がたついた所内の扉を開けて外に出ると、鮮やかな赤毛が目に付く
赤毛の少年は濡れた髪をタオルで拭いながらシャアにゆっくり目をやった。
幼い顔立ちに少々華奢な体つき
紅茶色の濡れた瞳が、シャアの興味をそそった。
少年は、この町に不似合いな垢抜けた格好をしている
「はい、実は明日から此処で仕事することになりまして。ちょっと覗きに」
「????・・・カミーユの変わりなら頼んでいない筈だが・・・」
「カミーユ??」
今度は彼が不思議な顔をした。
「君がここで仕事というと・・その、カミーユの友人とかではないのかい?」
「・・・・?申し訳ないがカミーユという方は存じ上げないのだが。誰なのですか?」
「・・・・・、カミーユはここで雑用をしてくれる子でね。彼は将来警察になりたいと言って私を兄の様に慕ってくれるいいこなんだ。」
「???・・・それが、俺とどういう関係が??」
「だから、君がもし良心があるのならば、バイトを他の場所に変えてはくれまいか・・・」
その言葉を聞いた赤毛の少年は、最初奇妙な顔をし、次に眉根を寄せて考え込み
そして、大爆笑を始めた。腹を押さえながらそれはもう、盛大に。
シャアは少年の大笑いをぽかんと眺めていると
その、少年がシャアに握手を求めてきた。
何気なく手を出せば握り返される。・・・とても冷たい手だった。
「よろしく、アムロ・レイだ。インターポールよりここに明日からやっかいになる。」
シャアは度肝を抜かれて口をパクパクさせた。
だって、彼は、・・・とてもそういう風に見えない。冗談を言ってるようにもだ。
自分の考えを悟ったのか、彼は気まずそうに
「・・・ブライトから聞いていないか?」とたずねた。
シャアはその言葉を聞いても、まだ信じられなくてブライトの所までそのまま手を引いた。
「信じられん」
「いや、だが事実だ。・・・・写真よりも若く見えるが、間違いない・・・。」
シャアの言葉にブライトも同じ気持ちらしかったが彼はすぐに気を取り直した。
「歓迎します、アムロ刑事。明日からよろしくたのみます」
「はい、こちらこそ。突然にお邪魔して申し訳ありませんでした」
やっと信じてもらえた安堵か、赤毛の彼は軽く溜め息を付いた。
それからシャアを見ると、「彼は?」とブライトに訪ねる
それにシャアが過剰に反応し、かしこまって挨拶を始めた
「先程は大変失礼いたしましたアムロ刑事、私はシャア・アズナブル。ここの刑事です」
「よろしく、アムロで構わないよ、シャア。」
そこでアムロはシャアに(君の可愛いカミーユの居場所を取らなくてよかったよ。)と冗談交じりに囁いた。
シャアは恥ずかしそうに俯く。それをらしくないなとブライトがいぶかしげに見やった
(・・・あの、高慢ちきなシャアが、初対面の男に弄ばれている??)
ブライトの事など忘れたように、2人はうち解けて会話を始めているのでブライトはシャアにおもりを任せて早々に帰ることにした。
「シャア、アムロ刑事に軽く案内を頼む。アムロ刑事、改めての挨拶は明日で。それでよろしいですか?」
2人の簡潔な返事を聞いてブライトはその場を後にしようとし、ハっと気づいて声を掛けた。
「シャア、アムロ刑事は29だ。失礼の無いようにな。アムロ刑事、そいつは偉そうですがまだ20の若造です。あごで使ってやって構いません。」
ブライトが出て行った後に目を丸くしたアムロとそれをギョッとした眼差しで見つめるシャアがいた。
一通り署内を案内し、(アムロがぜひ逢いたいと言ったカミーユは今日は休みだ)
何故だか凍えたように冷えている身体に気付いて署内のまずいコーヒーを飲ませる。
いくらか暖まったみたいで”ありがとう”と微笑んでくれた。
「今日は件の彼がいないからな、あまり飲めた物ではなかったろう?」
「旨くはないが暖まったよ。おいしいコーヒーは今度の楽しみに取っておくよ」
それからどこか酒が飲めるところを案内してくれないか?と言われて、
シャアは行きつけのバーに彼を誘った。
案の定、マスターには「シャアさん、子供はまずいですよ」などと言われたが
彼にはこれも計算の内だったのかシャアに説明をさせて話の種の一つにした。
***
シックでモダンな作りのバーは中々にシャアのお気に入りだ。
今日はさすがに嵐のせいか、数席あるテーブルにも、カウンターにも客はいなかった。
アムロはジンのロックを、シャアは赤いカクテルを頼んで乾杯をした。
少し話をすれば、すぐにアムロとうち解けた様になり、すぐに彼への興味が一杯になる。
彼、・・・・アムロ・レイは、不思議な男だった
自分の喋りたいことを的確に理解し答えをくれる。
自分が彼の事を知りたいはずなのに、いつの間にか自分が喋らされていて、
その、柔らかい受け答えに心がまどろんだ・・・
そう、今自分の心は彼のどこか甘ったるい言の葉に転がされているのだ・・・
どこか暖かい空気を纏い、そのくせ何も見せようとはしない彼。
だが、何故か不愉快にならず、心地よいアムロの声にシャアはいつしか酔わされていた。
話題は、こういう犯人がいたらどう捜査していくか?になり
その時の会話の流れでシャアは自分がFBIからこちらに飛ばされた事を語った。
「ああ、やっぱりね。 貴方ってなんかあそこで浮いてる感じがしたものね」
シャアが一通り訳を話すとアムロがそう言ってにっこり笑った。
アムロは強い酒を好むようで(こんな童顔のクセに)
ジンやウォッカやテキーラをロックやストレートで何でもないように飲み干した。
カクテルをゆっくり飲んでいるシャアのほうが、すでに出来上がっている感がある。
「・・・君もそう思うかね?私はいつもそう思っているよ、私はこのままココにいるべきではないと」
「俺はこういうのどかなのも大好きだけど、 そうだね。性分に合わないというのはあるものだね」
「分かるのかい??そうだ、私はもっと適度な緊張を求めている・・・・」
「まあ、ここじゃあせいぜいコンビニ強盗が凶悪犯だものね。・・・すぐに捕まるだろうし」
「うう、アムロ ・・・君は、同士だ!」
愚痴の混じった支離滅裂な会話に欲しい言葉を貰ったシャアは、酒が回って机に突っ伏した。
それを見たアムロはくいっとウォッカを飲み干し、笑ってシャアを突っつく
「いいね。さすがハタチ、青春まっさかりか〜」
触れた金糸が気持ちよくて指に絡めて戯れる
完全につぶれたシャアから、ううんと呻きがひとつ漏れた
「かわいいね、シャア。 このままだと俺、襲っちゃうよ?」
シャアから返事は無かったが、代わりにマスターがぶっと吹き出した。
それにアムロが肩を竦めておどけて見せる。
「ひどいね、マスター。俺が彼を襲うのがそんなに変かい?俺、彼より年上なんだよ??」
「あまり、ククッ、笑わせないで下さいよ。あなたが29だなんて言うのもいまだ信じられないんですから」
「ちゃんと身分証明書見ただろ?俺、こう見えても狼なんだぞ?」
そこで堪えきれなくなったのか、マスターは屈み込んで大笑いを盛大に始めた。
アムロは暫く無言でマスターを眺めたが、終わらない啜り笑いに大きく溜め息を付くと
「とにかく帰るからタクシー呼んでくれます?」と言った。
***
「ま、ホントは狼じゃなくて鬼なんだけどね。」
酔いつぶれたシャアをボンヤリ眺めながら呟いた。
あの後、マスター立ち会いの下シャアのサイフを調べて住所を確認し二人でタクシーに乗せた
(実はアムロ一人でもシャアを担ぐことぐらい訳ないのだが、印象という物はとても大事だ)
揺すっても起きないシャアに仕方なくアムロもタクシーに同乗し、運転手と2人で部屋まで運び、
コートから家の鍵をあさって今やっとシャアをベットに転がした所。
アムロは近代的なシャアの部屋を一眺めした後、冷蔵庫から水を持ってくるふりをして部屋を軽く物色した。
(ま、これ位は良いだろ?酒代も車代もチップも俺持ちだったんだし・・)
などと、軽い気持ちと慣れた手つきで詮索を開始する。
もちろん、愛用の革手袋をきっちりとはめて。
まずは、人間関係、家族構成、生活パターン・・・エトセトラ、エトセトラ・・・・
パソコンを開いてある程度眺めると、全てを元通りにして水を片手にベットルームに戻った。
シャアはまだすやすやと眠っている。
「王子様、お水はいかがですか?」
「うん・・・」
「俺、そろそろ帰りたいんだよ。起きて鍵だけでも閉めないか?」
「ううぅ・・・ん・・」
「まいったな、・・・見かけに騙されたよ」
ふう、と一息吐くとベッドの淵に肘を付いてシャアをのぞき込む
シャアの見事なフォルムにうっとりとした気持ちになった。
「シャア、大丈夫 ・・・貴方は明日から大忙しだよ?」
すべらかな金糸を掻き上げて額に軽くキスを落とす
サイドテーブルに”鍵をポストに入れたから”とメモを書き残しそこを後にした。
タクシーを拾って警察署まで戻り自分の車に乗り込むと、後部座席から黒いビニールを取り出した。
それから車でゆっくりと付近をドライブして手頃なたき火場を見つけるとガソリンをかけてそいつを燃やす。
黒ビニールの中は雨水と血にまみれた服装一式。きっと良くルミノール反応が出たことだろう。
アムロは全て燃えたことを確認すると、うーん!と伸びをしてから車に戻る
不眠不休の肉体労働が珍しく体に堪えたみたいだ。
(・・・・・今日はゆっくり眠れそうだね。)
自分の借りたマンションにつくと運び込まれたベッドにぱたりと倒れた。
目の裏には先程見たシャアの寝顔が浮かんで、
何だか嬉しくなって毛布にくるまる。
あの綺麗な顔が、どのように変化するのかがとても楽しみだ・・・
久しぶりにアムロを甘い眠りが包み込んだ。
次の日
シャアが惨殺死体に顔をゆがめるのを
アムロは間近で眺めると心の中でにっこりと笑った。
END
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