「ファ、付いてくるなよ!」
「何よカミーユ!忘れ物取りに行くだけでしょ!?なんでそんなに隠したがるのよ!!」
いやらしい!・・とまで言われてカミーユはむかっ腹が立った。
女ってヤツは何でもかんでも知りたがる
それが別に、いやしくも後ろめたくも無い事でも“それ見たことか!”と何でも暴きたがる生き物だ!
今から行くところは別になんて事のない ただのアンティークの店だ
・・・そりゃ、ファが見たら気に入るだろうよ
あそこはほとんどの女が好きそうなトコさ!
あの金髪のマスターだって、黒猫のアムロだって、絶対絶対気に入るだろうけどさっ!
・・・だけど、俺に取っちゃそんなもんじゃないんだ。
家にいる以外の、学校にいる以外の、たったひとつの居場所なんだ!
そこを大切にしたくて、俺だけの場所であって欲しくて、秘密にしてたらこうなってしまった。
最近露骨に人目を避けて帰る時がある俺を怪しんだファは、どう言っても付いてくるつもりだった。
部活を終えた俺は、ファと帰宅している途中である忘れ物に気付いた。
昨日シャアさんに教わっていて、持ち帰り忘れた教科書と参考書
明日その教科の授業が丁度ある。
教科書を忘れたのもうっかりしていたが、それをファの前で口に出したのもうっかりだった。
取りに寄るから先に帰れと言う俺に、しつこく付いていくと言い出したファ。
時刻は日のとっぷり暮れた七時半
こんな時間にあそこを訪れるのは初めてなので、もしかしたら店は閉まっているかもという期待をしながら
(やっぱりファに見られるくらいならしまってた方がいい)
俺は店へと向かう坂を駆け上がった。
ファはご自慢の長い足で俺に負けじと付いてきたのだった。
「あれ?・・・変だな」
「何がよ?あ、もしかしてあのお店?」
ファが指さした先には見慣れ無い看板とランプ
いつも開かれている扉は閉じられていて“CLOSED”の看板が掛けられている
そのかわり、隣のドアが軽く開けられほのかに光が差していた。
「ナァァァ〜ゴ」
「アムロ?」
何処からか聞こえたアムロらしくない低い鳴き声に視線を彷徨わせると、
軽く開けられたドアから一匹の猫がするりとこちらへやって来た。
アムロではない
薄いきつね色をした毛足の長いネコが、こちらのすぐ側まで来るとカミーユをじっと見つめた。
「きゃあ、かわいい!この猫アムロって言うの?」
そう言いながら猫に触れようと身をかがめたファを、その猫は愛想無く踏み台にするとカミーユの肩へ飛び移った。
触れた毛皮が気持ちよい
よく見ればこの猫、毛足が長い癖に顔はつぶれておらず 大きな瞳は澄んだ青に銀のまだら
手足や腹はうっすら白くなっていて、いかにも高そうな猫だった。
そしてそいつはふてぶてしくカミーユの肩に腰を落ち着けるとゆったりとした感じで二人を見据えた。
・・・けっこう重い。
「ファ、嫌われたな。 ・・・っていうかさ、この猫はアムロじゃないし」
「随分なついてるのね」
「そうじゃなくて・・・ あ!」
「あ」
二人が同時にその人物を見つけて声を出すと猫はするりと飛び降た。
扉に背を持たれてこちらを見ていたのは赤毛の男性
猫がそれこそ猫なで声で彼にすり寄り肩に飛び乗った。
彼は2人にニコリと微笑むと手招きをして扉の奥へと消えてしまう
「? 行かないの? 知り合いなんでしょ?」
何とも言えないカミーユはファの問いかけを無視してしばらくその場にたたずんでいたが
一呼吸入れると未知の扉の先へと歩みを進めた。
ファもそれに変な顔をしながら付いてくる。
(・・・確かに知っていると言えば知っている・・・のか?)
彼はシャアさんが言っていた “彼”だ。
「忘れ物だろ?カミーユ 話は聞いてるよ、教科書と参考書だけか?」
店の中に足を踏み入れると、そこはバーになっていた。
前に見たカウンターや2つのテーブルがほのかな光でライトアップされ
いつものアンティークショップの部分が薄いカーテンで仕切られ光を落とされている。
店の品々には白い布 所々に碧いライトが置かれていて何だか不思議な雰囲気だった。
カウンターの奥にさっきの猫がまるで一枚の絵のようにどっしりと腰を据えていて、店は独特の空気を纏っている
非日常と言う言葉がピッタリだ。
「あれ?違ったかな?」
「いえ、違いませんけど。 初めまして カミーユ・ビダンです」
「フフ・・初めまして。アムロです」
「ええ?何?初対面なの??」
彼は俺に手にしていた教科書などを渡すと、暖かいココアをカウンターに置いてどうぞと進めた。
差し出された手に握手を返すと、“人の”アムロさんは首を傾げるファに、にっこり微笑んで
「カミーユの彼女かい?とってもチャーミングだね」
と、さらりと言った。
さらりと。
言われたファは顔を赤らめて照れまくっている。
「ナァァァ〜〜〜〜ゴ」
その時不機嫌そうな鳴き声でさっきの猫が近寄ってきた。
カウンターの上で赤毛の彼にまとわりついたと思うと、ファの顔に手をのしっと置いた。
ファを遠ざけようとしてる??
それを見かねてアムロさんが猫を抱き上げた。
「ダメだろ?シャア お客さんに失礼しちゃ」
「ぶふっ!!」
突っ伏して思わずココアを吹きそうになった俺にファはまた小さく悲鳴を上げた。
おかしなカミーユね なんて言ってるけど、おかしいのは俺じゃない。
そう思って彼を見れば苦笑いしながら人差し指を口に当てた
まぁ、とうぜんか。
同性愛ですんごいラブラブぶりを話すのは(それも年頃の女の子に)俺もどうかと思う。
猫はイライラと尻尾をくゆらせ、ぺろりとアムロさんの頬を愛しげに舐めた。
・・・・どうやらこちらのコンビもラブラブなようだ。
げんなりした俺を無視してファが彼に話しかけた
「すみません、お邪魔しちゃって。お店よろしいんですか?」
「平気だよ、いつももうちょいしてからじゃないとお客さんはこないしね」
「お酒のお店ですよね?あたしこういう雰囲気大好きです」
「ありがとう。相棒の趣味でね、おかげさまで女性のお客がほとんどかな」
「その人ってこっちのお店の方ですか?」
「ああ。そっちが彼の店 っていうか全部そうかな?夜だけここを借りてやらせてもらってるって感じだね」
「上はお住まいなんですか?」
「そんなトコ。」
「お二人で住んでらっしゃるんですか?」
「いや、・・・彼は別の所なんだ」
「じゃあじゃあ・・・」
「ファ、うるさい。 仕事の邪魔しちゃ悪いだろ?」
「何よカミーユ」
「アムロさんすみません。店の準備途中でしょう?」
ファに色々詮索されるのが嫌で話を折ったのもあるのだが、アムロさんが店の準備が途中なのも本当だ。
カウンターの奥に切りかけのライムや、何かを作る最中なのが見て取れた。
ファもようやくそれに気付いたらしい。
「ほら、これ飲んでさっさと帰るぞ ファ」
「あ、うん。」
「気にしなくていいよ。あ、でもそろそろお家に帰らなくちゃいけない時間だね」
アムロさんは残念そうに呟くとカウンターに頬杖をついた。
そして何かに気付くと、奥から包みを取り出しカミーユに手渡す。
訳が分からないカミーユに包みを開けてとにっこり笑った。
「あれ?マフラー」
「“アムロ”からお礼だよ、君のダメになっちゃっただろ」
「え、でも」
「まあ、シャアのセンスなんだけどさ。 あわなかった?」
「いえ!好みです。でもほんといいんですか?」
「いいのかって聞くのはこっちだろ?君のをダメにしちゃったんだし」
「じゃあ、あの・・・ありがとうございます」
アムロさんはそれを聞くと嬉しそうに俺の首に巻き付けた。
あったかくて、柔らかくて、なんだかくすぐったい感じだ。
マフラーは俺が好きなネイビーブルーにシンプルなラインが二本ずつクロスしている。
ファが「よく似合ってる」と珍しく素直な事を言った。
「あの、俺は写真を見たことがあって知ってましたけど、どうしてあなたは俺のことが分かったんです」
お礼をもう一度述べて、そこを出る間際にふいに浮かんだ疑問を口にした。
そうすると彼はふわりと笑って「何度か見かけたんだよ」と答えた。
なんだ、じゃあその時声をかけてくれれば良かったのに。
「またおいでカミーユ、もちろんファも。お酒はさすがにだせないけどね」
そんな言葉を背に坂を下る。
風が嫌に寒く感じて、もうちょっといれば良かったななんて後悔がちらっとよぎる
なんだかほんのちょっといただけなのに、そこを離れるのが寂しい感じがするのは何故だろう?
隣を見ればファもそう思ってたらしく、名残惜しそうに後ろを振り返ったりしていた。
「また来たい ね、カミーユいいでしょ?」
「ダメ」
だってあそこは俺だけの場所なんだから。
ファが来たらたまったもんじゃない!
「何よ!意地悪ね、アムロさんあたしも来ていいって言ってたじゃない!」
「でもダメ」
「アムロさんって素敵ね、優しそうだし。カミーユから乗り換えようかしら」
「はぁ?何だよそれ?てか絶っ対無理!」
「何でよ!・・・あら?そう言えば何で猫とあの人 間違えてたの?ほら、最初猫をアムロって」
「あ〜も〜〜うるさい」
「ねえ、アムロさんの言ってた相棒ってどんな人?あれ?シャアって猫の名前でいいのよね?」
「あ〜あ〜うるさい!」
「何よカミーユ!ちゃんと答えてよ!」
「カミーユ カミーユ うるさいんだよ!」
・・・本当に女ってヤツは何でもかんでも知りたがる。
きっとそれがたとえ、夢をぶちこわすような事であってもだと思う。
俺は夜空を見上げてため息を付いた。
まだまだ長い帰り道
俺は彼らの事を言わないまま家にたどり着く事が出来るだろうか??
「ねぇカミーユったら!」
「だから名前で呼ぶんじゃ無いよ!カミーユが俺の事だって分かっちゃうじゃないか!」
碧い光に包まれた店内には赤毛の主人と猫が一匹
優雅に毛繕いを始めている彼に、アムロは呟いた。
「なんかシャア、最近やけに女の子に突っかかってないか?」
だが猫のシャアはそれをしらんふりで毛繕いを続けている。
それに諦めたようなため息をついて、アムロは言葉を続けた
「安心しろよ 俺も永遠の恋人はアンタだけさ」
「ニャウン」
態度を変えて甘えてくるシャアの喉を鳴らしてやると
アムロは店の準備に取りかかったのだった。
(続く)
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