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 「むぅ・・アムロッ! 少しおとなしくしていたまえっ!」
 「にゃにゃにゃっ! にゃにゃにゃにゃッ!! うにゃうぅ〜〜ん」
 
 
 二人、・・・いや、一人と一匹の格闘する声を聞きながらカミーユはココアをずずっとすすった。
 学ランの上下は訪ねてきたクリーニング屋にもっていかれ今はシャツとここの主人が貸してくれたパンツ
 それと厚手の紺のセーターを肩にかるく掛けている。
 主人のシャアはこまめな質のようで、カミーユの泥まみれの革靴を一眺めすると丁寧に布で拭い
 そして今度は泥まみれの猫(名前はアムロというらしい)を洗いにかかった。
 もちろんココアをふるまってから。
 
 「まったく、君はどうしょもない猫だ。おてんばにも程があるぞ! なぜ猫らしく家でゆっくり出来ないんだ。」
 「フゥゥゥ―――ニャアアッ―――!!」
 「へえ、アムロってメスなんですか?」
 
 大きな声で訪ねてみた
 暫くすると一段落付いたらしいシャアがアムロを抱えて
 「 ? いいや、雄だ。」 と応えた。
 きちんと後ろにまとめられていた金の髪は乱れ、首にはタオル 捲っている手足にはひっかき傷だ。
 さっきの隙のない身だしなみとのギャップが少し可笑しくてカミーユがくすりと笑う
 主人は肩を竦めると“すこし店番をたのめるかな?”と二階へ上がっていった。
 するりと腕を逃れたアムロがプルルルルッ と身体を震わせる
 馴れたようにストーブの方向へとことこと向かっていたのだがカミーユの方をチラッと眺めると、近くに置いてあったマフラーを口にくわえてまるで”いいか?”と聞いているようだ。・・・まったく、ホントにすごい猫だよ。
 
 「いいよ。それはお前にあげる」
 「にゃ」
 
 了承の言葉を理解したかのごとく、アムロはマフラーを自分のお気に入りらしいストーブの傍へ持って行った。
 くしゃくしゃのマフラーの上で毛繕いをゆっくりとはじめる。程無くして身体を丸めて寝息をたてた。
 ストーブの近くには彼のためにあつらえたのか深紅のビロードが素敵なアンティークの丸椅子が用意されてるというのに、どうやら彼には俺のマフラーの方がお気に召したらしい。さぞ主人はがっかりする事だろう
 
 (それにしても・・・ 本当に不思議な店構えだな )
 
 カミーユは家の中をのんびりと眺めてみた。それしかする事もないし。
 部屋の中、ここからかいま見える奥の部屋も、趣向を凝らした品々がそこにあるのが当然と言うかのように配置されている。 アラビア風のライト ニスが美しいサイドテーブル 魅惑的なブロンズの少女・・・ 様々な国の、様々な品々が、品良く部屋を彩っている。 何気ない小物から大きな水瓶まで、ちょっと覗き込めば物語を語り出しそうなぐらい精密な品々だろう。 だが、それらは覗き込まなければひっそりと息をする、良くできた生き物達なのだ。
 
 (まるで魔法使いの家に来ているみたいだ)
 カミーユは ほう と息を吐いた。
 
 カミーユがココアを飲んでいる場所も、とても不思議だ。
 店の中に大きくスペースを取ってカウンターと小さなテーブルを二つもうけている。
 これらは店と分かつように青いシースルーのカーテンで天上から床下までたっぷりとあまるようにつるされ
 裾には不思議な形をした様々な鈴が点々と縁取られている。
 カウンターの正面は珍しそうな洋酒がずらりとならんでいるけれどきらびやかというよりは落ち着いた面持ちで
 不思議な色合いに染められたドライフラワーや手作りらしい果実酒、装飾品の数々が手の込んだアットホームを演出している。きっと奥は、ちょっとした厨房だろう。
 
 
 「寒くはないかね?」
 
 そこで、やっと主人が2階から降りてきて声を掛けた。
 首をふるカミーユに満足そうな表情をしたが、ストーブのアムロを見ると慌てた表情になった。
 
 「 ! ・・・あれは、もしかして君のマフラーではないのかい?」
 「あ、はい。ベットに持ってちゃったみたいです。」
 「・・・アムロッ!」
 「あ、いいんです!あげたんです、それ。もうダメになちゃったのを。・・・アムロ、ちゃんと断ったんです。」
 「・・・・・・・・・・・ほう・・・?」
 「アムロってすごいですね。僕の言っている事ちゃんと分かってるみたいだ。」
 「・・・・・・・・・・・」
 「さっきもすごかったんです。巣から落ちた雛を助けたりして・・・」
 「・・・・待ちたまえ、今ココアのお代わりを持ってこよう。いるだろう?」
 
 にこやかな笑みでそう問われカミーユは照れながらはい、と頷いた。
 主人は嬉しそうに眠ったアムロを眺めながら
 「私のアムロはすごいだろう?」
 と呟いた。
 奥にココアを取りに行き、戻ってくると手にはカップが2つ。
 自分もゆっくりしながら、何があったのか聞きたいようだ。
 カミーユは熱いココアに舌をやけどしそうになりながら、事の顛末を細かく主人に話したのだった。
 
 
 ***
 
 
 「・・・・そうだったのか」
 「はい。」
 
 
 話を進めるとシャアの顔が段々と曇っていったので、カミーユはどぎまぎした。
 何かを思い詰めるように顔をゆがめ、話が終わり暫くしてからあきらめたようにはぁ、と息を吐いた。
 
 「彼は・・・アムロは、何度言っても分かってくれないんだ。」
 「・・・・・・・?・・・」
 「危ないから家から出てはダメだと。何かあってからでは遅いんだと、いつもくり返しているというのに」
 「・・・・はあ。」
 「カミーユ君、ありがとう。君がいなければアムロはどうなっていたか分からない。」
 
 そう言うと主人はカミーユの手を取りぶんぶんと振った。
 なるほど。先程顔をしかめたのはアムロを心配しての事だったんだろう。
 手を握る彼の表情は真剣そのもので、彼には悪いのだがカミーユは内心吹き出していた。
 (いるんだなぁ、こういう人) 親バカ・・・いや、猫馬鹿か。
 そんなカミーユの内心も知らずにシャアは、「礼を言っても言い足りないぐらいだ。」と熱心に語った。
 
 「いや、きっとアムロの事だから自力で脱出してましたよ。」
 「だって、君の身長よりも深かっただろう?マフラーを手綱代わりに使ったのかい?」
 「・・・え?ええ。」
 ・・・中々鋭い。彼はマフラーが歪んでいるのをちょっと見ただけで気づき、その理由も当てを付けてたのだ。
 「それではやはりアムロでは無理だ。君もヘタをしたらミイラ取りがミイラという事になっていたかも知れない。」
 「・・・はい。」
 「だが、ありがとう。アムロを救ってくれて。君がいなければ今頃アムロは寒空の下震えていた事だろう」
 
 その時アムロがのそりと起き出してシャアの膝でもう一度丸くなった。
 シャアが怒ったような困ったような顔でアムロを眺め「鳥につつかれたらしいな、君。」と呟いた。
 アムロは知らんぷりを決め込んでいる。
 「それからマヌケにも井戸に落ちたらしいじゃないか、だからあれ程・・・・」と小言が続いた。
 アムロはさすがにバツが悪いのかシャアを見ると困ったような仕草で顔を洗った。
 「最近は変質者も多いんだ。君もふらふらしないで・・・・」シャアの小言はまだまだ続く。
 その、微笑ましい光景にカミーユは知らず笑みがこぼれた。
 シャアがそれに気付くと、肩を竦めて”私は間違っているかね?”と聞いてきた。
 
 「いや、そうじゃないんです。なんだか、うるさい親父を持った女の子の気持ちが分かるような気がして・・」
 「私はうるさい親父かね?」
 「あはは、どうかな。でも、さっきも思ったんです。だからアムロはメスなのかなぁ、って」
 「・・・・・愛する者への気持ちは、いつだって同じ様なものさ。」
 
 その言葉に瞬間カミーユは痛みが走った。
 自分の家族はどうなのだろう・・・?皆が皆、知らぬふりを決め込んでいる家族。
 どうして、こうなっちゃったのだろう・・・?
 知らず俯いていた自分に、いつの間にかアムロがすり寄っていた。
 ちょっと慰められたような気がして、アムロの喉を優しく撫でた。ごろごろと喉が鳴る。
 だが、主人が驚いた顔でさっとアムロを抱き寄せた。
 何気ないふりで話題を変える。・・・・さっきのはもしかしてヤキモチか・・・?
 
 「その井戸は坂の下の神社だろう?後で私が電話を入れておこう。また事故が起こっては大変だ。」
 「はい。」
 「カミーユ君、お礼なのだが私は君をあまり知らない。君さえ良ければまたここに遊びに来ないかい?」
 「・・・・・? え?」
 「もちろん、学校が終わった後で。君は今日学校をさぼって神社でヒマをつぶしてたんだろう?」
 「・・・・・・・・・」
 「神社よりは過ごしやすいと思うのだが。何分ここはヒマでね。お茶も入れるし茶菓子も出そう。
 私は学問は得意だ。教えることも出来ると思うし、話を聞くのは嫌いじゃない。・・・どうかな?」
 
 その申し出はすごく嬉しいものだった。
 行き場のないせっぱ詰まった自分にひとつ余裕が生まれるのだ。
 だが、それを素直に出せない気持ちがちょっとだけひねくれた返答を返した。
 
 「アムロを触らせてくれるんだったら・・・」
 
 その言葉に、この店の主人は面白いほど動揺した。
 驚いた顔をしたかと思うと、うろうろと考え込みながら店の中を歩き回った。
 やはりさっきのカミーユの直感は正しかったのだ。
 そんな様子をアムロがじっと眺めていた。
 その間にクリーニングが届いたのでカミーユは奥の部屋で袖を通す。
 
 「カミーユ君」
 
 学ランを着ると金髪の店主は改まった様子でカミーユを見た。・・・目がすごく真剣だ。
 
 「まず、約束して欲しい。」
 「はい」
 
 落ち着かないのか腕の中のアムロを忙しなく撫で回している。
 ちょっと異常なくらいの執着心にカミーユは内心苦笑した。
 
 「・・・まず、アムロの嫌がるような触り方はダメだ。無理に触ってはいけない。」
 「はい。アムロが近寄ってきたときだけにします。」
 「・・・・よろしい。だがね、首はダメだ。」
 「・・・・は?」
 「アムロの喉はダメだ。先程の様なことはいただけない。約束するかい?」
 
 そう言ってシャアがアムロに赤いビロードの首輪をはめた。
 カミーユはそれがなんだか貞操帯みたいで可笑しくなったが相手は真剣だ。
 はい、と首を縦に振る。それにシャアはほっとため息をついた。
 
 「後は、出来るだけ早めに来ることだけだ。私は日が落ちる前に店を閉じて家に帰るからね」
 「あれ?ここが家じゃないんですか?」
 「ああ。私は住んでいないのだよ」
 
 妙な違和感があったがあまり立入らない事にした。
 だが、アムロのことはとっても不思議だ。なんでそこまで神経質になるのだろう?
 シャアは疑問に気付いたようで、カミーユが問う前にため息を大きく吐いてから話し出した。
 
 「あまりね、アムロに触れて欲しくないのだよ。」
 「・・・・そういうものですか・・・?」
 「・・・・・・君は恋人、・・・君、恋人は?」
 「・・・・・いません。」
 「そうか。では、想像して欲しい。・・・君は、恋人を他人に触られたいかね?」
 「・・・・・・え?」
 「私は好ましくない。・・・はっきり言うと嫌だ。アムロに触れるのは私だけで十分だと思っている。」
 
 よく分からなくて混乱した。
 もしかして自分はものすごい変態に遭遇しているのだろうか?
 人は見かけにはよらないとはよく言ったモノだ。話は気にもせずに続いていく。
 
 「だがね、それでは彼に自由がないと言う。だから不満ではあるが外にも出しているし・・」
 「・・・あの・・」
 「不埒な雌猫が彼に言い寄っているのも多少小言は言うが・・・禁止はしていない」
 「・・・・・・・・・・・」
 
 もう、とてもばかばかしかったので流すことに決めた。
 この人は猫になるとダメなんだ。
 アムロを見れば彼もうんざりしたように腕を舐めていた。
 ”親の苦労子知らず”そんな言葉が思い浮かんでちょっと笑えた。
 何処も一緒だ。みんな何かしら悩み、頭を抱えているのかも知れない。
 
 なんだか気持ちが軽くなったカミーユはおどけた調子でシャアに聞いた。
 ちょっと変だけどここは居心地良さそうだし、アムロも好きだ。
 シャアさんもこの辺を除けばきっといい人に違いない。
 
 「じゃあ、ずばりシャアさんにとってアムロはいったいなんなんですか?」
 
 それに照れるかと思いきや、穏やかに笑んでシャアは応えた。
 
 
 「私の、永遠の恋人だ。」
 
 
 そう言って優しくアムロの喉を撫でる。
 アムロが気持ちよさそうに喉を鳴らし”にゃあん”と応えるように鳴いた。
 俺は呆れながらほおづえをついて1人と一匹を眺める。
 
 
 
 「へぇ・・・? アムロは雄猫なのに?」
 「そう。雄猫なのにさ。」
 
 
 
 そう言って主人は幸せそうに黒猫の喉をひと撫でした。
 
 
 
 
 
 おわり
 
 
 
 
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