「あ〜あ、ばかだな オマエ」
カミーユはため息をつきながら古井戸の底を覗き込んだ。
幸い、井戸はとっくに枯れていたようで下は土と木の葉
自分の身長程の深さの先には目をきらりと光らせた黒猫がにゃおんと鳴いた。
「ちょっとまってろよ、今たすけてやるからさ」
猫は了解したとでも言うようににゃおんと鳴くとカミーユをじっと見る
カミーユは”やけに物わかりがいいじゃないか”なんて呟いてから井戸に固定してある木の板をどけた
もちろん、猫を助ける為に。
***
カミーユは最近の両親のぎくしゃくした空気に気が滅入っていた。
学校もあまり好きじゃなかった。
物事を通り一辺倒に押し通す教師達には嫌気がしていたし、
それに反目し、無視を通す姿勢に転換したカミーユに揶揄を飛ばしたクラスメイト達も大嫌いだった。
カラテは嫌いではないが、今は打ち込む気にもなれない。
だからカミーユは朝練もさぼってあまり人のこなさそうな神社の片隅でひまをつぶしていた。
そして、そこで面白いものを目にした。
最初黒猫はカミーユが座ろうとしたベンチで気持ちよさそうに毛繕いをしていたが、
カミーユが近寄るとうっとしそうに遠くへ移動した。
そして今度は神社の柵の上で毛繕いを丹念に始めたのだが、近くの鳥の巣から雛がぽとりと落ちる。
もちろん猫は、雛を捕りに柵から降りた。
カミーユは”うっ!”と思ったが、猫が鳥の雛を食べてしまうのは自然の摂理だし、
ここから止めようとしても間に合いはしない。
黙ってそれを見ていると猫は雛をくわえて木に登り・・・・
なんと、雛を器用に巣に戻したのだ!
(う、うそだろ?)
だが、不幸にも親鳥がその場に帰ってきて猫は敵と勘違いされ親鳥2匹の猛攻撃に
あげく木からつつき落とされ、しまいにはその下にあった古井戸の下に落ちる。
井戸は木の板で蓋をされていたのだが、たまたま蓋は腐ってしまっていて、猫の重みで割れてしまったのだ。
(さて、どうすればいいか・・・)
腐った木の板をあらかた外すと、カミーユは首に巻いていたマフラーを取った。
そして端を井戸から出ていた鉄の棒に結び付けると身体をゆっくりと下に降ろしていく。
・・・大丈夫。
足の先は多少湿っているが地面がちゃんとあった。
「おい、おまえ。災難だったな」
またもやにゃおんとひと泣きする不思議な猫を、カミーユはじっと眺めてみた。
黒いつやつやした毛の小さな子猫。
赤いビロードの首輪が良く似合っている。飼い猫なのだろう。
「おい、一緒に出よう」
触れればおとなしく抱かせてくれて、難儀しながらも1人と一匹はそこから這い出すことが出来た。
ぐっちょりと泥で汚れた制服をはたいて何とかしようとするカミーユに、猫はもう一度鳴いた。
お礼かなと思って、
「いいさ」
と返すが少し進んではひと鳴きする。
まるで”来い”と言っているかのようだ。
「・・・・・・どうしようか・・・・」
だが言葉とは裏腹に、カミーユは変に歪んだマフラーを取ると猫の後を着いて歩いた。
どうせヒマなのだ。
こんな馬鹿げたことでも、じっとして悩むよりはずっといいはず。
猫は時たま振り返りながら、閑静な住宅街をとことこと歩いた。
***
猫は程なくすると大きな丘の上に立つ・・・・・店・・・?の中に入っていった。
入り口に看板があった。”OPEN”と書いてある。
多分店だが、小じゃれた別荘のようでもある、贅沢に作られた木の建物だ。
入り口のテラスに猫の足跡がてんてんと着いていくのがなんだか可笑しかった。
中を覗けば、高級そうなアンティークがずらり。
だけど不思議に落ち着いた空間が、主人の品の良さを物語っているようだ。
「アムロ・・・?帰ったのかね・・・?」
奥から顔を出した人影にカミーユはドキリとして身をすくませた。
何とそこから顔を出したのは、金髪のまぶしい・・・長身の・・・すごく整った顔の・・・
「・・・・・? いらっしゃい・・・?」
自分の泥まみれの格好に気づいた、その、いわゆる・・・外人の、綺麗な男は、不思議な顔をして首をひねった。
目が、サファイアのように青くてとても綺麗だ。
何も言えなくなった自分に変わって、猫がにゃおんとひと鳴きする。
それに気づくと金髪の彼は慌てたような声を出した。
「アムロ・・・!どうしたんだね、その格好は・・・!?」
抱き上げた黒猫を一眺めすると、彼はしばらく考えてからこほんとひとつ咳をした。
「君の名前を聞いてもいいかな?」
カミーユは目をぱちくりさせると、なかば条件反射で
「カミーユ・ビダンです」
と小さく言った。
あまりこの名前は好きじゃあない。
「シャア・アズナブルだ。・・・・・多分・・・いや。確実にお礼だろうな。
よろしければ服のクリーニングと暖かいココアでもいかがだろうか?」
カミーユはとまどったが、好意にすなおに甘えようとそう思った。
「はい、・・あの、・・・その・・・」
彼はにこりと満面の笑みを浮かべると
「それと詳しい話も聞かせていただけるととても嬉しい。なにせ彼が連れてきた人間は君が初めてだ。」
彼って・・・?
そう思えば抱き上げられていた黒猫が得意そうに喉をごろごろと鳴らした。
(後編へ)
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