おかえり







『俺達に構わず…行けっ!!』


ハーデス城の入り口
嬲られるミロ達を見た俺に、加勢するなと念話で俺に叫ぶ声

『しかし…』
『ミロ、そこにカノンがいるのですね?』これはムウ
『ミロの言うとおりだっ…行ってくれ!アテナを…頼んだぞ!』アイオリア…

響き渡る冥闘士の笑い声
唇を噛んでその様を焼き付けた
俺を認めた男が嬲り落とされる様を。
なんて、なんて悔しいのだろう…

『後を…頼む!』『私達も必ず行きますっ…』
『使命を全うするんだっ…ジェミニッ!』

コキュートスへ落とされながらも俺に叫ぶ聖闘士達
畜生ッ!畜生ッッ!!
お前らの敵は絶対取ってやる…!
燃え上がる感情をぐっと殺し姿と気配を消してハーデス城へ
…ラダマンティス 貴様は絶対このカノンが葬ってやるからな…




呼び合う聖衣…ああ、お前達もやって来たのだな…
死んでも尚 世界を、女神を思う黄金の戦士達
俺もそれに一瞬だけでもなれたことを誇り思おう
この罪深い身に余りある光栄

「さあ行けジェミニ!他の黄金聖衣の元へ飛べ!!」
「バカめ!!」

感謝してもしきれない

「フッ勝つつもりなど無い…」

ありがとう…女神 ありがとう…蠍座のミロよ

「ただ道連れになってもらうだけよ…」
「何?」

こんな俺を認めてくれて、ありがとう

「死への道連れにな!!」
「や…やめろカノン!!」


ギャラクシアンエクスプロージョン!




カノン…




カノン……





俺を呼ぶのは…誰だ?




カノン……



あたたかい・・・





これは… ああ… あの時と一緒だ。




岬の水攻めを和らげる…アテナの、コスモ!



「う、うう……」

暗い闇から身を起こす感覚
肉体と魂がバラバラになった後で無理矢理つなぎ合わせたような色々な違和感
何処かでカンカンコンカン煩い音がずっとしている
だが、必死に己を奮い立たせて目を開け身を起こした。
女神がっ俺を呼んでいるのだ…!


目を開けると意外な人物が俺を呼んだ


「おや、目が覚めましたか…カノン?」


目にしたのはどこかやつれた牡羊座のムウだった。






***



「女神は、俺は…一体、ここは…」

身を起こそうとしたが無理のようだ
もう一度ベッドに倒れ込み近くにいる男に説明を求めた。
とにかく雰囲気からすると非常時では無いのだろう…
牡羊座のムウは手を休める事無くとんかんとんかん鎚をふるいながら俺にぞんざいに答えた。

「ここは白羊宮、つまり聖域ですね。女神は老師…は分かります?天秤座と一緒に教皇宮の書物を漁った後各地を飛び回っている所です。」

すぐには言われたことが理解できなくて呻きながら寝返りをうった。
身体が鉛のように重い…そう言えば…俺は確か冥界で…
疑問をぶつける前にタイミング良くムウが俺に話しかけてきた

「貴方も私も死にましたね、聖戦はお察しの通り女神の勝利です。私達が生きているのは女神の恩情でしょうか。」
「……聖戦からどれくらいたっている?」
「まだ一週間もたっていませんよ?あ、いえ…今日で丁度一週間ですね」
「皆、生き返ったのか?」
「いえ。」

そこでムウはやっと手を止め向き直って俺の瞳をじっと見た。

「生きて戻って来たのは女神の青銅聖闘士達4人。
そして生き返ったのは、星矢、私、アイオリア、ミロ、シャカ、天秤座の童虎、貴方、そしてアルデバランのみ」
「………………そうか。」
「アルデバランはまだ、さっきまでの貴方のように昏睡状態ですね。アイオリアが金牛宮に泊まり面倒を見ています」

そうか。
そう返して俺は黙った。
受け止める現実が多すぎて整理するのに時間はかかるが、
………心にのし掛かっている事実は、ひとつだけだ。
それをゆっくりと考えながら、また作業を始めたムウの言葉を頭にゆっくりと染み渡らせるように耳を傾けた

「私達も…女神の護衛にと、ミロが特に煩く言ったのですが、聞き入れて貰えませんでした。」

ミロの名を聞いて瞬間ギクリとした。
身体が強ばりベッドがぎしりと鳴ったがそれにムウが気が付いたのか気が付かないのか。
彼はただひたすらに鎚を振るいながら話を続ける

「今私達は女神の命で聖域の守護と立て直しをしています。ここには守るべき封印物の類も数多く有りますからね」
「…………………。」
「女神からの直々の指名により教皇代理にはシャカが付きました。今ミロがその補佐をしています」
「……………………」

なぜ、あいつの名前を聞くと苦しくなるのだろう。
だが俺は目を閉じ体力の回復に努めた。…まだ日は高いのだ。
抜け出すのなら…夜のとばりが落ちてから。

「カノン?………寝てしまいましたか。」

ゆっくりと意識を沈ませて、その時を待った。
俺は、ここにいては……いや。
生きていてはいけない人間なのだ。



***




「どこへ行く、カノン」

ムウが疲れ果てたのか舟を漕いだのを見計らって白羊宮を抜ける。
思った以上に身体が言う事を利かない…
雑兵共に見つからないように移動し、姿を消しながら聖域から出ようとしていたのだが…
見つかってしまった。 それも、一番やっかいな相手に。
姿を現したのは、ご丁寧に黄金の聖衣を纏った あの、ミロだった。

「ミロ…」
「コソコソと何処へ行く?お前は一体聖域の外へ出て何をしようというのだ」

見事に絶っていた気配が、石柱から姿を見せると共にブワリと紅いコスモを吹き上げた。
黄金である存在を見せつけるかのように俺の前に立ちはだかる
…逃れられない選択を、俺に迫るミロ

「女神からのありがたい言伝だ。“生きなさい、失った分だけ多くの希望を与えなさい”」
「そんな…事……」
「涙が出るお言葉だ。カノンよ魂へ刻むがいい、そして遵守しろ。」
「出来る…筈がない!この、罪に濡れた身で生き恥をさらせと言うのかミロよッ!」
「そうだ。」
「ふざけるなっ……俺は、命を頂く価値は無かったのだッ!多くの命を奪ったのだぞ!?」
「そうだな、その通りだ。だが、女神の命だ。遵守せよカノン お前は女神の聖闘士なのだろう?」
「クッ…………!!」
「そしてそれが出来るのは ここ、聖域でしかあり得ない。腹を決めるのだな…」

ミロが自分の間合いを詰めながらにじり寄る
もうあの激痛を生み出す爪は真っ赤に尖らせていた
青い目が真っ直ぐに見据えて答えを出せと俺に迫る
嘘など少しでも見えようものなら、紅い毒を打ち込んでやると気迫が物語っていた

「お前の生きるべき場所はここにしか無いはずだ」

ばっさりと俺に言い放つミロ
何て事だろう…俺はあの時本当に幸せだったのだ。
これで罪の全てが清算出来たと。冥界で身を焼きながら幸福に包まれていたのに…

「女神に、この聖域に一生を尽くせ。それがお前の贖罪、それ以外はこの俺が認めぬ」

生きろと…まだ許される筈がないと、そういう事か?
聖域でなぶり者になって生きろと言うのか…この、カノンに
泥をかぶり生き続けろと?汚辱に満ちた一生を過ごせとお前は言うのか?

「それでもここから出て行くというならば、…それもよかろう」

それは…正直恐ろしいのだ
あの、兄の影として生きた数年間が物語っているではないか。
聖域はやるのだ。
人道的で無いことも、身の毛のよだつような事だって。そういう事を平気でやるのが聖域だ。
力と戒律 古よりの教えがまかり通るのが聖域なのだから。

「止めのアンタレスをお前に打ち込むだけだ!」

ミロがギラギラと俺を睨んだ。
紅い爪を閃かせて、俺をただただまっすぐ見つめて秤にかける



ああ…なんて事だろう

ああ、ああ、なんて事なんだろう。

その時俺は思い出してしまった。

あの、瞬間を。

お前が俺に、新しい命を許してくれた あの輝かしい瞬間を。

そうだ。 あの時に俺は初めて生かされたのだ

暗く、長い穴から剥いでた瞬間。

光輝く道を指し示してもらった、あの瞬間を!



だから…それを思った瞬間、俺の口は勝手に動いていた。
そうだ、もうあの時決めていたんだと改めて腹を括る
そしてなけなしの意地をかき集めて体裁を取り繕う。
俺は皮肉気に笑って見せながらミロに言う

「フッ… あの、おそろしいまでの痛み 二度と味わいたくないものだな」

良いじゃないか、喩え身を焼かれながらさらし者になったとしても。
そうさ、いいじゃないか。
俺は彼らに救われたのだ…くすぶる命を輝かせてもらったのだ!
あの時流した涙… あの、永遠に思った誓いを俺は果たさなければいけない。

「それに、俺の命は女神の物 容易く失っては…贖罪にはならぬ」

信じるのだと。
何があっても、女神を。
何があってもお前を。
だからお前達が示す道を、俺はただ真っ直ぐに喜んで歩くのだ
針があろうと、真っ赤に焼けていようとも
この身崩れるまで貴方を信じると決めたのだ 我が女神よ
そして、お前も。蠍座のミロ

「…だから止めておくとするさ。 寝床は、双児宮で構わないか?」

ふらつきながらも最後のプライドで軽口を叩きミロを見た。
ミロはいつの間にか爪を引っ込め俺をじぃっと穴が開くぐらい見つめた後
まるで花が開くようにゆっくりと表情を綻ばせた

「そうか」

俯き、何かを噛みしめるような一言を吐きだす
毒々しく煙っていた紅いコスモは一陣の風に吹かれてかき消える。
心地の良い風に頬を嬲られながら俺はずっとミロを見ていた

「そうか… 俺は嬉しい。」

顔を上げたミロの瞳はどこか潤んでいた。
俺はまだ会ったばかりの彼の表情は険しいものしか知らなかったので…
すごくすごく、驚いた。何故なら彼は、

「…忘れるな、ジェミニのカノンよ お前の生きるべき場所はここにある」

優しく笑んでいたのだから。
慈悲のこぼれ落ちるような微笑み
それを見た瞬間に俺の心までもが熱くなってしまって。
ミロの差し出された手にフラフラと引き寄せられた
蜂が、花の蜜に吸い寄せられるように。そんな当たり前の事のように。

「お帰り… 聖域へ」

なんだろう。泣くつもりなどこれっぽっちも無かった筈なのだ
だけれどミロに近寄った瞬間 抱き留められてそんな事を言われたら、涙が溢れて止まらなくなった。

“おかえり”

…初めて言われた言葉。
帰る場所なんて無かった筈なのに。

全てを捨てて、何も要らないのだと息巻いていたかつての自分のなんと小さな事だろう

「おかえり。カノン」

ああ、馬鹿野郎
今名前を呼ばないで欲しかった。
せっかく貰った命なのに、失ってしまいそうじゃ無いか…


幸せで


幸せ過ぎて死んでしまいそうじゃないか!




名前を呼ばれることがこんなに嬉しかったなんて



今、この瞬間に俺は初めて知ったのだから。


















おかえり、カノン



やはり何万と災害で殺しておいてほいほいと聖域には帰れないよね、という事でのこの話。
だって、騙したポセイドンの依代のジュリアン様でさえソレントと共にお詫び行脚で世界を旅してんだぜ!
きっとあの聖戦ときにアテナにお願いに来たカノンはそんな状況にいたたまれなくなっての行動ではと妄想
んで、そんな心境を見越したミロと女神の計らいによりノンタンは聖域で働くのでした。




ミロの、『贖罪は聖域でしかありえない』というのは偏見です。アルデバラン辺りなら償いは外でも出来るだろうと思ってます。
これには一応理由が有りますが随分先の話になりそうです。