ある人の記憶








一年戦争が終わって半年を過ぎた頃、特殊な任務が回ってきた。
それは自分が勤務しているジャブローの、一般兵士が立ち入り出来ないブロックの
さらに奥の奥の深部、最重要軍事機密ブロックの実験区、バイオセクションへの移動だった。
最初なぜ自分がそのような場所への移動になるのか期待と不安が入り交じっていたが、
聞けば要人の警護だと言う。
自分は一応出世組の一人ではあったがまだ軍事学校を出たばかりであったし、
何より同期には体格も体術も自分より優れた者も多かった。
「なぜ自分なのですか?」 と、上官に聞けば
ああ、警護と言っても雑用が主だ。なんせここはジャブローだ、屈強な警備を望んではおらんよ。
君には対象者に食事を持って行ったり身の回りの世話をして欲しい。
そう聞くとおかしなもので、最初身に余りすぎる移動だと思ったのが嘘みたいにかき消えて
なぜエリートの自分がそんな雑務をやらされるのかと不満の気持ちで一杯になっていた。




幾重にも張り巡らされたセキュリティをチェックしながら深く深く潜っていく。
やがて実験区の自分の部屋を案内され、軽く付近の説明を受けると隣の部屋へ案内される。
なるほど、ここが件の要人の部屋らしい。
24時間こいつにこき使われるのかと、心で溜め息を吐きながら上官の後へ続いた


あまりの事に思考が一瞬停止する


そこにいたのは想像していた傲慢な政治家や偏屈な科学者などではなく
ただ、ここには不似合いな子供が一人いるだけだった。
子供は自分の方に一瞥もくれずただぼんやりと空間を見上げている。
息を呑んだ・・・
ジャブローの奥にひっそりと隠された事実に、緊張が背筋を駆け上った。
そこにいたのは、連邦の英雄と声高い あの、アムロ・レイだったから。






それからのことを私は一生忘れることは無いだろう。


彼は最初の頃はただぼんやりとしているだけで
返事もしなければ暴れもしない、ただ鬱々と日々を過ごし
私の持ってきた食事を少しだけ取り
夜になれば、寂しいのだろう友人達の名前を呟いてはひっそりと泣いていた。


だが研究が進むにつれて彼は緩やかに壊れていった。
(そう、彼はここでモルモットにされていた。私はここに来た数日後でそれに思い至る)。
癇癪を起こしては物を投げ、壊し、泣き叫び、攻撃性が強くなった。
その度に私は彼を押さえつけ、係の医者が鎮静剤のような物を打つ。
すると彼はとたんにぐったりとして、閉まらなくなった口の端を濡らしながら”あの言葉”をくり返すのだ。
もう、彼の両腕は投薬の跡で真っ黒だった。


次第に食事を戻すようになった
幻覚が見えたり聞こえたりするようで、異常な怯え方をしたり、誰もいない空間に怒鳴ったりし始めた。
自傷行為も目立つようになり、今までベット付近は逸らされていた監視カメラも
(自分の他にも監視者はいたのでそちらはどうだったか知らないが)全てを見られるようにした。
それに伴い私の責任も労力も右肩上がりに増えてくる。
夜は眠れずずっと彼の呪いの言葉を聞くことになった。


「どうして僕がこんな目にあわなくちゃならないんだ!僕はあんなにがんばったのにひどいじゃないかっ」

「仕方なかったんだよっ!殺したくて殺したんじゃない!!うぁあ!!だって戦争だったじゃ無いか!」

「か、母さんは僕のこと愛してないのっ!?ブライトさん、ミライさん、カイさん、・・・どうして誰もここにいないの!?」

「あああ・・・みんな死ねばいい・・連邦も、コロニーも、クソくらえ!!みんな死んじゃえ、しんじゃえっ!」



そして一通り叫んで息を切らすと彼は必ず”あの言葉”を言う。
正直、私の精神には一番これが堪えた。


「ねぇ、ララァ。どうして君は何も言わないの?僕が、君を殺したからかい?だから僕がここで苦しんでるのを楽しく思っているのかい?」

「ねぇ、ララァ。あれからどうして君は黙ったままなんだい?僕がシャアの誘いを断ったから?彼を傷つけたから?」

「ラ、ララァ・・・そんなところで黙って立ってないで、何とか言えばいいじゃ無いか!
ぼ、僕が憎いなら罵ればいいっ!・・ねぇ・・ララァ・・何か・・しゃべってよ・・」



その姿に正直ぞっとする。
彼がララァと口にするとき、しっかりと視点が虚空に定まるのが怖かった。
自分には何も見えない。
だが、彼には見えているかのように”ララァ”と口にするときは
おぼろげだった焦点が定まりまるで本当にソコにいるかのように語りかける。
これが私にはとても怖かった。




そんな生活の色々な疲労がピークに達して
私は自分をここに連れてきた上官にくってかかった


なぜ自分をココに当てたのか?
なぜ自分じゃなければならなかったのか?


自分で口にしながら件の憐れな彼と同じ様な事を言っているなと感じた。
そして返ってきた言葉も、彼に対するものと奇しくも同じであった。



「君の叔父上は連邦最高評議会のお一人になられたね、君もエリートコースを邁進中だ。違うかね?」
「つまり、君は将来地球連邦軍の上層部になるわけだ。だから、君は知らなければならない。」

その上官が皮肉気に口の端をゆがめた。
そう言えば彼は叩き上げの軍人だったな、とぼんやりとおもいだす。



「これが戦争なんだ」








その数ヶ月後にアムロ・レイはシャイアン基地に移された。













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